北海道 釧路の地酒 『福司』 若僧蔵人の醸し屋日記

北海道(特に道東)の美味しいや楽しいを日本酒を通じて紹介します。

福司の創業者 初代蔵元



昨日の呑み切りは、蔵の2階にある
会議室で行われました。


会議室といっても、社員が使うわけではなく
何らかの集まりの際に使用する部屋です。
数年前に改装され、今では
福司で一番きれいな部屋だと思います(笑)



一般の方をお通しすることはまず無いのですが、
呑みきりのようなイベントや
団体のお客様を迎えてお話しするときなどにも使用します。




この部屋には色々なものが展示されていますが
ひときわ目を引くのが
創立者でもある『梁瀬長太郎』氏の胸像。


銅像


彼が創立者であり初代となります。
実際はもっとキリッとされた方です。


まるで見た事あるかのような言い方ですが
実は社長室にお写真があります。
個人的には胸像よりも写真の方が素敵だと思うんですが・・・
若いときの写真なのでしょうけどね(笑)

梁瀬長太郎氏



ここで、創業者についてお話します。
といっても、あまり詳しくないので
胸像横に記されている内容を簡単に説明します。




創業者である梁瀬長太郎氏は
明治22年、石川県の飯田村に生まれます。
現役兵から除隊後、釧路の中川百貨店に勤めます。
26歳のときに支配人に登用、
28歳で結婚し独立、
大正8年4月10日に
釧路市米町2丁目『合名会社敷島商会』を設立。


創立12年に今の住吉に
酒造場を建設、福司の醸造を開始しました。


昭和15年、梁瀬長太郎氏は51歳で亡くなられました。
そしてこの胸像は、死後31年の時を経て
昭和46年に創業者の功績をたたえ作られたものです。




先日、面白い話を会長から聞きました。
会長は、梁瀬長太郎氏の息子にあたります。
蔵を建てる際、現在の場所ともう一箇所候補があったそうです。
それは、現在のまなぼっとやNHKのある場所あたりだったそうです。



もしかすると、今ある花時計の上には
NHEではなく、福司があったかもしれませんね(笑)





最後まで読んでいただきありがとうございます!


28歳で会社を設立。
その会社があと六年で100年を迎えます。
創業者の長太郎さんのなかには
100年後の会社が想像できてたのでしょうか?
どんな思いでつくったのだろうか?
是非聞いてみたいものです。


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