北海道 釧路の地酒 『福司』 若僧蔵人の醸し屋日記

北海道(特に道東)の美味しいや楽しいを日本酒を通じて紹介します。

【いのちをいただく】 その2



今日はハードだった・・・
本当なら1人、人数少なかったところ
助っ人が着てくれたおかげで助かった  (;;;´Д`)ゝ


そして夕方には遠くからお客様が!
なんとアメリカからお客さんが来てくれました!!
その方は、僕が高校生の夏休みのときに
アメリカでホームステイさせてもらった方です。


僕と同級生の娘さんも来ていたんですが
その子供たちが可愛いのなんの(*≧m≦*)
みんなお人形のような可愛さでした!!


この時期は忙しい時期なので
あまりゆっくりお話も出来ませんでしたが
当時の思い出が沢山よみがえりました。



そして話題はアメリカの日本酒事情へ・・・・
その話はまたいつか♪



今日は昨日の続きで
昨日よりも更に長かったけど
皆がんばって読んでください!



--------つづき---------



一つは、
九州大学大学院助教授の
佐藤剛史先生が書いた、

「自炊男子~
 『人生で大切なこと』が見つかる物語」

 の中に出てくるお話です。

http://www.gendaishorin.co.jp/book/b89095.html

-------------------

「いただきます」「ごちそうさま」を
なぜ言わなければならないか
分かりますか?

「いただきます」の意味の一つは、
「作ってくれた人の命をいただく」
ということです。

命とは時間です。

ある人が80歳で
亡くなったとしましょう。

ということは、
80年間という時間が、
その人の命だということです。

今朝、みなさんのお母さんは、
30分かけて朝ご飯を作りました。

今日の夕食、お母さんは、
1時間かけて夕ご飯を作ります。

その朝ご飯には
お母さんの30分ぶんの命、
夕ご飯には
1時間分の命が
込められているのです。

みなさんが生まれてから
今日までの間、
お母さん、お父さんは、
自分の命の時間を使って、
みなさんを食べさせてきたのです。

そして、
これから親元を離れるまで、
ずっと、みなさんは、
お母さん、お父さんの
命の時間を食べていくわけです。

「いただきます」の意味の一つは、
「作ってくれた人の命をいただく」
ということです。

食べ物を粗末にすることは、
作ってくれた人の命を
粗末にすることです。

心を込めて、
「いただきます」「ごちそうさま」
を言いましょう。

食べ物を作ってくれた人に
感謝の気持ちを
忘れないようにしましょう。

出典:「自炊男子~
    『人生で大切なこと』が見つかる物語」
   佐藤剛史 著 / 現代書林

-------------------

そしてもう一つは、
内田産婦人科医院の
内田美智子先生が書いた、

「いのちをいただく」

という絵本のもとになったお話です。

この絵本、
ぜひともご購入いただいて
クラスの子どもたちや
ご自分のお子さんに
読み聞かせてあげてほしい、
そんな願いを込めて
ご紹介しますね。

http://shop.nishinippon.co.jp/asp/ItemFile/10000238.html

-------------------

坂本さんは、
食肉加工センターに勤めています。

(中略)

ある日、
一日の仕事を終えた坂本さんが
事務所で休んでいると、
一台のトラックが
食肉加工センターの門を
くぐってきました。

荷台には、明日、
殺される予定の牛が
積まれていました。

坂本さんが
「明日の牛ばいねぇ…」
と思って見ていると、
助手席から十歳くらいの女の子が
飛び降りてきました。

そして、
そのままトラックの荷台に
上がっていきました。

坂本さんは
「危なかねぇ…」
と思って見ていましたが、
しばらくたっても
降りてこないので、
心配になって
トラックに近づいてみました。

すると、
女の子が牛に話しかけている声が
聞こえてきました。

「みいちゃん、ごめんねぇ。
 みいちゃん、ごめんねぇ…」

「みいちゃんが肉にならんと
 お正月が来んて、
 じいちゃんの言わすけん、
 みいちゃんば売らんと
 みんなが暮らせんけん。
 ごめんねぇ。
 みいちゃん、ごめんねぇ…」

そう言いながら、
一生懸命に牛のお腹を
さすっていました。

坂本さんは
「見なきゃよかった」
と思いました。

トラックの運転席から
女の子のおじいちゃんが降りてきて、
坂本さんに頭を下げました。

「坂本さん、
 みいちゃんは、
 この子と一緒に育ちました。

 だけん、
 ずっとうちに置いとくつもりでした。

 ばってん、
 みいちゃんば売らんと、
 この子にお年玉も、
 クリスマスプレゼントも
 買ってやれんとです。

 明日は、どうぞ、
 よろしくお願いします」

坂本さんは、
「この仕事はやめよう。もうできん」
と思いました。

(中略)

牛舎に入ると、みいちゃんは、
他の牛がするように角を下げて、
坂本さんを威嚇するような
ポーズをとりました。

坂本さんは迷いましたが、
そっと手を出すと、
最初は威嚇していたみいちゃんも、
しだいに坂本さんの手を
くんくんと嗅ぐようになりました。

坂本さんが、

「みいちゃん、ごめんよう。
 みいちゃんが肉にならんと、
 みんなが困るけん。
 ごめんよう…」

と言うと、
みいちゃんは、
坂本さんに
首をこすり付けてきました。

(中略)

牛を殺し解体する、
その時が来ました。

坂本さんが、

「じっとしとけよ、
 みいちゃんじっとしとけよ」

と言うと、
みいちゃんは、
ちょっとも動きませんでした。

その時、
みいちゃんの大きな目から
涙がこぼれ落ちてきました。

坂本さんは、
牛が泣くのを初めて見ました。

(後略)

出典:「いのちをいただく」
    内田美智子・諸江和美 著
    西日本新聞社

-------------------

ある学校で、
保護者の一人から、

「給食費を払っているのに、
 『いただきます』と
 子どもに言わせるのはおかしい」

というクレームがあった、
との話を聞いたことがあります。

「なんという常識のない保護者なんだ!」

と片付けるのは簡単です。

でも、もしもこの保護者が、
この話を知っていたとしたら、
どうだったでしょう?

現在の食生活は、
「命をいただく」というイメージから
ずいぶん遠くなってきています。

そしてその結果、
食べ物が粗末に扱われて、
日本での一年間の食べ残し食品は、
発展途上国での、
何と3300万人分の年間食料に
相当するといいます。

私たちは
奪われた命の意味も深く考えることなく、
毎日の食事と向き合っています。

動物は、みんな自分の食べ物を
自分で獲って生きているのに、
人間だけが、
自分で直接手を汚すこともなく、
坂本さんのような方々の
思いも知らないまま、
毎日の食事を食べています。

動物だろうが植物だろうが、
どんな生き物であっても、
自分の命の限り
精いっぱい生き続けたい、
そう願って生きているんだと
私は思います。

命をいただくことに対しての「思い」。

お肉を食べて
「あ~、美味しい。ありがとう」
お野菜を食べて
「あ~、美味しい。ありがとう」

そこに生まれる思いは
どんな思いでしょう?

お肉を食べて
「うぇ~、マズッ!」
お野菜を食べて
「うぇ~、マズッ!」

そこに生まれる思いは
どんな思いでしょう?

食べ物をいただくとき、
そこに尊い命があったことを忘れずに、
その命を敬い、
感謝の言葉をかけてあげられる人に
育ちましょう。

今日もまた、
食べられることへの感謝の言葉、

「ありがとうございます。
 感謝します。
 いただきます」

食べているときの
「美味しい!」という言葉。

そして食べ終わった後の、

「あ~、美味しかった。
 ありがとうございます。
 ご馳走さまでした」

という「食べられたこと」への
感謝の言葉をかけてあげましょう。

もちろん、食べ残しをせずに。

食べ物が、
あなたの体を作ります。

あなたの体に姿を変えて、
あなたの中で生き続けます。

そして、
体の中からあなたを精いっぱい
応援してくれています。

あなたができる最高の恩返しは、
たくさんの生き物たちから
命のバトンを託された
あなたの命を、
いっぱいに輝かせること。

喜びに満ちた
人生を過ごすこと。

それが、
あなたと共に生きている
たくさんの命たちが、
いちばん喜ぶことなんです。
みんなの分まで、
命いっぱいに輝きましょう。

…これが、私が教師として、プロとして、
目の前にいる子どもたちやその保護者に
伝え続けていきたいメッセージです。

---------------------------



いかがでしたか?

前半の文でお母さんが朝ごはんを作ってくれる時間
それも“命”として話をしていました。
時間は1人1人に限られ、平等にあります。
どんなに忙しい人にも
暇な人にも1日は24時間。

それが平等なのか?不平等なのか?


僕たちの親は自分たちの時間を犠牲にし
子供のために費やしてくれます。
自分がその立場にならない限り
気が付くことの難しいことですが、
きっとその時には、親が自分にしてくれた無償の愛を
深く深く感じるのだと思います。


そして僕たちは生きるためにご飯を食べ
ご飯を食べるために働きます。


働くのは労働力を提供し
その分をお金として受け取ります。
でもその労働力とは何なのか?

知識・肉体労働、色々ありますが
つまるところ、僕たちは自分たちの命の時間を
お金に変換してもらいご飯を食べているんだと思います。


子供のうちは親の命の時間を頂き
生きているのです。
ご飯を作るお母さんの時間
その材料を買うために一生懸命働くお父さんの時間。


時間は無限ですが
人間に与えられた時間は決められています。
でも、こうやって生きれているのは沢山の命を
分けてもらってきたからですね。



そう思うと生きることだけで“ありがとう”って思えますね。
そして今日も酒が美味しい、ありがとう!!!(笑)




とろ粕 バナー
 この時期だけの熟成した粕の味わい。色々な料理にどうぞ。

banner3.jpg
 釧路の新しい情報探してみませんか?釧路のブログが沢山!!

最後まで読んでいただきありがとうございます。目指せ40位!!


生きるために食べることは必要ですから
折角なら美味しく楽しくいただきたいですよね
そして、そんな皆さんの食事を盛り上げたり
楽しいものにするお手伝いが日本酒に出来たらと思います
今日も酒が美味い!=幸せだ!ってことですね(笑)
応援クリック、ポチッとお願いいたします( ^ω^ )


上のKUSHIRO BLOG100も見に行ってもらえると嬉しいです。
現在の醸し屋のRankingは・・・52位






にほんブログ村 酒ブログへ banner21.gif  

Comment

もも says... ""
今回の記事、共感しました。

偶然、わたしも同じような事を考えていて…
ワカサギ釣りに行って、
久しぶりに自分で他の生き物を採って食べるという、
ことをしたので。

その数日前、ちょうど朝日新聞だったかに、
生徒が鶏を受精卵から育てて、解体して食べる、
という授業をされている
真鍋公士先生(福岡県立筑水高等学校の)
の記事が載っていました。

先生の
「人間は残酷で、必ず食べなきゃ生きていけない」
という言葉に、
日頃スーパーでパックされた食材しか
見ない私は、はっとしました。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130305-00000306-bjournal-bus_all
(←先生の記事。別媒体ですが、ほぼ同内容です。)
2013.03.10 16:04 | URL | #- [edit]
醸し屋 カズマ says... ""
≫もも様

今の世の中では自分で他の生き物の命を絶ち
それを食する経験はなかなか出来ないと思います。

スーパーに行けば調理された食材があり
レンジでチンしたりして食べる。
命をいただくということを忘れてしまいます。

だからこそ『いただきます』ということばを
きちんと言う、あるいは心で唱える
手を合わせる。

そういう行動はとても大事なんじゃないかと思いました。


日常の生活で忘れてしまいそうなことを
このブログを呼んで思い出してもらえたらと思います。


2013.03.11 20:32 | URL | #A1vz8dvw [edit]
えっちかな says... ""
まぢで泣いた…(泣笑)
2013.03.11 21:23 | URL | #- [edit]
醸し屋 カズマ says... ""
≫えっちかな様

食べること=命を奪うこと
生きること=命を奪うこと


生きる限り無駄には出来ませんね。
2013.03.12 20:25 | URL | #A1vz8dvw [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://fukutsukasa.blog64.fc2.com/tb.php/2106-9dfcea06